比謝川河口

1945年4月1日、読谷沖に集結したアメリカ軍艦隊から、
無数の上陸艇が沖縄本島中部の海岸線に上陸しました。
ここ、比謝川河口もアメリカ軍の上陸地点の1つでした。
いよいよ本格的な沖縄戦が始まったのです。
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当初、激しい上陸戦を想定していたアメリカ軍は、
あまりのあっけなさに驚いたといいます。
数で劣る日本軍(第32軍)は、水際での戦闘を避け、
上陸させた後、持久戦に持ち込む作戦をとったのです。

比謝川河口に建つ米軍上陸地点を示す碑

左の碑にはかつての悲劇が繰り返されないことを祈念する碑文が書かれ、右の碑には当時の様子が描かれています。

沖縄海底電信線記念碑
戦時中まで海底にひかれていた電信線を記念して建てられた物です。
この電信線もまた、沖縄戦をはじめとする戦いで切断されました。
特攻艇秘匿壕

米軍上陸地点の碑より少し内陸の河口部分に、特攻艇秘匿壕はありました。
特攻艇は、ベニヤでできた3mほどの粗末な船で、船間の後部に爆雷を積んでいたそうです。
船の上部にはふたがついていて、兵士が乗り込むとふたが閉められ敵艦に突撃するという兵器でした。
当時は、壕から海までレールが敷かれ、出撃に備えていた様です。
※注 この写真に写っている物はただのボートです

この浜で確認できた壕は4ヶ所、現在は資材置き場などに使われていました。

どの壕ももともとは自然壕だったのでしょうが、手堀りでまっすぐに掘り進められていました。